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トランス

その日、瞳子は機嫌が悪かった。

この自慢の髪型をドリル扱いされるのは、日常茶飯事とは言え、 とうてい許せるものではなかった。

この髪型は、ドリルでもコイルでもスプリングでもありません!

この話題になると、瞳子の態度は急に変化する。

その性格の変化の鍵を握る少女、二条乃梨子はこう語る。

「瞳子って、普段はただのコイルなんですけど、怒らせると可愛いんですよね」

その言葉には、細川可南子を除くクラス全員の意見の一致があった。

その時間、小笠原祥子は、不思議な感覚を覚えていた。

物理の授業。今学んでいる項目は、交流における電磁誘導。 四角いリングに巻かれる、2本のSolenoidソレノイド

明らかに見たこともない問題なのに、どこかで見たような気がする。 巻き数の比が出力電圧の比になることなど、その時間の祥子にとってはどうでもよかった。

その前日、福沢祐巳は弟・祐麒の部屋で、分解されたラジカセを眺めていた。

「おっかしいなぁ……」

祐麒がぼやいている、機械の中の大きな板のような部品。

そこにくっついている、大きな立方体の足下に焦げがあることを、祐巳は見つけた。

「トランスか……畜生、小遣いないのに買い直しだよ」

祐麒の解説によると、この「トランス」という部品は、家庭用の電源をラジカセの中で使うために 必要な部品で、「電圧を変化させる」の変化、という意味からトランスと言うらしい。

祐巳が見たこともない、というと、祐麒は、

「物理取ってると、これテストに出るぞ」

と脅しをかけてきたが、あいにく祐巳は生物・化学選択である。

お姉さまが物理選択だったことを思い出しながら、祐巳はかわいそうな弟のために、 使わないときにはラジカセを貸してあげようと思った。

放課後、薔薇の館。

「それでですね……」

祐巳は、昨日の出来事を祥子さまに伝える。

祐麒のラジカセが壊れた原因は、トランスという名前の、テストに出るらしい部品。

「あら、偶然って面白いわね」

ちょうど、今日の授業で習ったところなの。 祥子さまはそうおっしゃられて、祐巳にほほえみかけてくれる。

なんて、幸せなひととき。 ……しかし、祐巳の幸せも、長くは続かなかった。

ビスケット扉が開くと、乃梨子ちゃんと瞳子ちゃんがやってきた。

険悪なムードは、瞳子ちゃんのもの。 しかし、祥子さまを見ると、瞳子ちゃんの様子が一変する。

「祥子お姉さまぁ~」

そうして、祐巳のことなどお構いなしに、祥子さまに抱きつくのだ。

「祥子お姉さま、聞いてください。 クラスのみんなが、瞳子のことを電動ドリルとかコイルとか呼ぶんです」

瞳子ちゃんのその言葉に、祥子さまは何かを思いついたらしい。

「大丈夫よ、瞳子ちゃんはドリルなんかではないわ」

そして、一息つくと。

「だって、こんなに立派なトランスなんですもの」

その一言が、瞳子ちゃんにとどめを刺す。 瞳子ちゃんは、半分本気で泣きながら、

「瞳子は変圧器トランスでもなんでもありません~」

と言い残して去っていった。

後に残された乃梨子ちゃんは、

「祥子さまお見事です。言われてみれば、 瞳子の身がわりの早さはまさに変身トランスですね」

と、祥子さまの言葉に驚いていた。

おしまい。

あとがき

瞳子の縦ロールには、いろいろな呼び方があります。 スプリング(バネ)、コイル、チョココロネ、電動ドリル……。 しかし、どの呼称も、「ふたつがペアになっている」ということを示していません。 それをふまえた上で、高校の物理の教科書(あるいは問題集)の、電磁気の項目をめくってください。 あるんです。コイルが二つで一つの機能をもった回路が。 そう、電柱の上にある、交流電圧変換装置。 これを、トランスと言うのです。 おそまつ。