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サポートベクトルマシン

「マリア様がみているから……!」

聖堂に響く栞の声。

私は、ただ。

栞の涙と、頬に感じる鈍い痛み。

ふたつに共通する意味を、受け入れられずにいた。

そして、栞が旅立った日。

蓉子のメモ帳には、栞の字で、別れの言葉がつづられていた。

それからしばらくの間、私はたったひとりだった。

お姉さまも栞もいない、特に親しい友人もいない。

寂しさは、自由を意味していた。

私は、喜びを伝える人のないまま、喜びを感じることのないまま。

ただ、一番憂鬱な自由を満喫していた。

桜の木の下で、一人の少女と出会った。

彼女は、まるでマリア様のような姿をしていた。

まるで、栞と出会ったときのように。

ただひとつ、違ったのは。

「ごきげんよう」

栞がにっこりとほほえんだのに対して、目の前の少女は、

「失礼いたしました」

とあわてて逃げ出したこと。

その少女――藤堂志摩子が、薔薇の館に来た。

私と一対一。

私は、このシチュエーションを実現する罠を仕掛けた蓉子を恨みながら。

目の前の少女との距離を、測りかねていた。

距離を測る。

それは、栞の時には考えられなかったこと。

だから、私は栞の領域に踏み込んでしまった。

栞と私の間に厳然と存在していた、透明にして絶対の壁を、ぶち破った。

その壁に気づくことはできなかった。

志摩子の場合は、大丈夫だろうか?

「このほうが気楽でいい」

志摩子の手首にロザリオを巻く。

志摩子は、うっとりとして銀の鎖が絡まった自らの手首を見る。

ふつうの姉妹より、数歩遠い距離。

決して、透明な壁に触れようとはしない。

志摩子との距離は、これが丁度よかった。

「妹一人作れない人間に発言権はないわ」

蓉子が祥子に言い放った言葉。

それを聞いて、少しだけ耳が痛くなる。

祥子から志摩子を奪ったのは私だから。

妹を作れなかった祥子との距離。それを考える。

突然現れた祥子の妹候補、福沢祐巳ちゃん。

彼女は間違いなく、祥子の妹になるはずだと思った。

しかし、彼女はその申し出を断った。

理由を聞けば、なるほど出会ったその日にロザリオ授受はさすがに冗談じゃない、と。

つまり、この子と祥子はまだくっつく余裕がある。

ここは、私が動く場面。

「ねえ、蓉子、江利子」

それから私は、ふたりに一つの提案をした。

「感心だね。お迎えなしで来られたの?」

「姉Bの役をいただいた以上は、来ないとまずいでしょう」

祐巳ちゃんに、ロザリオを受け取る様子はなかった。

祥子は、何をしているのだろう。すこし、せっついてやらないとだめなようだ。

祐巳ちゃんと簡単なスキンシップを取りながら――栞のときも、志摩子のときもこんなことはなかった――、私は、階段を上ってくる祥子の到来を待った。

「ずいぶんと楽しそうですこと。階段をぎしぎしいわせながら上ってきましたのに、それにお気づきにならないくらいお戯れなんて」

「嫌だなぁ。祥子が入ってくるのが見えたからサービスしたんでしょ?」

「サービスですって?」

祥子の怒り――嫉妬心を誘う。ちょうど、私が紅薔薇姉妹にされたように。

それからも、ことあるごとに、私は祐巳ちゃんに抱きついた。

そして、抱きついた後は必ず祥子に引き合わせる。

祥子の嫉妬心と、祐巳ちゃんの認識改善。

祥子と私の境目は、祐巳ちゃんという形でしっかりと見えている。

そう、これが祥子との距離。

卒業間近。

「それにしても、抱きつきすぎじゃない?」

聞き飽きた、蓉子の進言。

「ぷくぷくした抱き心地が気持ちよくてね。

それに、あの恐竜の子供みたいな叫び声がかわいい」

それは事実。しかし真実ではない。

「……あら、それはぜひ堪能しなくちゃいけないわね」

少し考えて、蓉子は話を合わせてきた。

ひとしきり、祐巳ちゃんの話で盛り上がった後。

「祥子への罪滅ぼしは、もう終わったんじゃないかしら?」

……さすがは蓉子、いつもながらしっかり見ている。

白いラインの外側から放たれる、鋭いボール。

蓉子との距離は、いつも変わらない。

卒業式前日、祐巳ちゃんが私の教室に来た。

「でも、私白薔薇さまロサ・ギガンティアのために何かしたくて」

「餞別、ってやつ?

そうねー。んじゃ、お口にチューでもしてもらおうかな」

祐巳ちゃんにキスを迫る。むろん、本気ではない。

「カーット!」

祐巳ちゃんが逃げ出す。

「祐巳ちゃんのチューが心残りで、卒業できなーい」

ひとしきりからかっておく。

塀の上の一直線上で一点を巡り対峙する、人間と子猫。

そして、これが祐巳ちゃんとの距離。

ところが。

「どーした?」

おかしい。祐巳ちゃんの様子がおかしい。

「さっさと帰らないと、また襲っちゃうよ」

冗談めいた脅しをかけても、頬を少しだけ赤らめて、何か真剣に考え事をしている。

「何考えてるの」

祐巳ちゃんが、何を考えているのか分からない。

私は、反比例的に大きくなっていく祐巳ちゃんの視覚イメージを、ぼんやりと眺めるしかなかった。

「えっ……!?」

唇の、隣。

そこは、生徒会選挙のときに、私が静の頬にキスしたときと同じ場所。

そのときうろたえた自分は、栞と出会ったときとはまた違う、苦しさを感じていた。

祐巳ちゃんとの距離は、もう少し近く見積もってもよかったらしい。

さすがは祐巳ちゃん、やってくれる。

卒業間際に、またひとつ、新しい自分が見えた気がした。

おしまい。

あとがき

C.Cortes, V.Vapnikによる、"Support-Vector Networks"という論文があります(1995年発表)。

これは、空間をふたつの領域に分別する方法として、それぞれの領域に属しているサンプルデータをうまくわける直線を引くという方法で、このアルゴリズムをサポートベクトルマシンと呼びます。

直線という表現をしましたが、これは平面をわける場合であり、直線の場合は点、空間の場合は平面となります(もちろん、複雑な線や曲がりくねった面でわけることも可能です)。

領域とは何を示すのか、サンプルデータとは、そして領域をわける直線とは何か。

ちょっと考えながら書いてみました。

そう、言い忘れましたが、この作品は、具体的な描写はすべて原作に依っていますので、読んだ後にはぜひマリみてを読み返してみてください。